函館地方裁判所 昭和28年(ワ)97号 判決 1953年12月18日
北海道松前郡大島村江良百七十五番地
原告
油野長造
右訴訟代理人弁護士
登坂良作
被告
国
右代表者法務大臣
犬養健
右指定代理人
館忠彦
同
布施幸治
右当事者間の昭和二十八年(ワ)第九七号損害賠償請求事件について、当裁判所は次の通り判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金七万円及びこれに対する昭和二十七年三月二十九日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
訴外渡島税務署長は、昭和二十五年八月二十一日原告に対する昭和二十四年度二期、三期、随時所得税および督促手数料合計金三十六万五千百七十八円の滞納処分として原告所有のサンカ製自動三輪車一台外数点を差押え、同二十七年三月二十八日右自動三輪車を金八万円で売却処分をなし、同年四月四日その売得金を右滞納税金等に内入計算する旨原告に通知した。
然し乍ら同税務署の収税官吏は右差押に際し差押調書は作成したけれども右物件を自ら占有することなく原告に保管させただけで封印その他の公示方法をとらなかつた。かような差押は違法でその効力がない。従つてその後の公売処分も無効である。そればかりでなくその公売に際しては同年三月二十五日原告に対し同月二十七日午前十時松前町に於て公売する旨通知し、公売公告も同月二十五日江良漁業協同組合の前になされたが、かかる処置は公告の初日より公売期日迄十日の期間を存しない違法がある。しかも右二十七日の公売は入札者がないため不能となり、函館に運んだ上公売するとのことで松前町の工藤回漕店に運んだ。しかるに翌二十八日何ら公売期日の変更の通知も公告もなく右物件を工藤回漕店主に金八万円で売却し公売を実施した。この点からみるも右公売処分は違法であるから無効である。
右自動三輪車は当時市価に見積つて金十五万円の価額を有していたものであるが、すでに善意の第三者の所有に帰しているので、取戻すこともできない状態にある。このようにして原告は、右収税官吏の違法な売却処分によりその所有権を喪失し、これがため金十五万円相当の損害を蒙つたので、既に内入計算した金八万円を差引き金七万円の支払を求める。
仮りに右差押及び公売手続が適法であるとしても、収税官吏は公売処分を行うにあたつて客観的な市価を基準としてその財産の妥当な価格を見積る義務があるにもかかわらず市価金十五万円もする本件自動三輪車を市価にくらべて金八万円という著しく廉価に処分をなし同額の損害を負わしめたので内入計算した金八万円との差額金七万円の損害賠償を求めるため本訴に及んだ次第である。」と述べ、
証拠として甲第一乃至四号証を提出し証人西野為蔵の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第一乃至七号証、乙第九乃至十二号証、乙第十四乃至十六号証の成立を認め、乙第八及び第十三号証は不知と答え、乙第九号証を援用した。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として
「原告の主張事実のうち、昭和二十五年八月二十一日渡島税務署長がその主張のように原告に対する所得税等の滞納処分として本件自動三輪車外数点を差押えて差押調書を作成しこれを原告に保管させたこと、原告主張の日右物件中自動三輪車を金八万円で公売して訴外工藤回漕店主工藤康洋が落札したこと、その売得金を滞納税金に内入充当しその旨原告に通知したこと、及び右税務署長が本件自動三輪車を公売するにあたり原告主張のように公売公告並びに通知したこと、原告主張の三月二十七日に公売がなされず差押物件を引きあげて松前町松久館の前にもつて行つたことはいずれも認めるがその他の事実は否認する。
本件自動三輪車の差押および公売手続には原告主張のような違法な廉はないし、公売価格は適正で違法なものでない。すなわち、渡島税務署収税官吏は本件物件の差押にあたつては原告に対し差押の趣旨を説明した上これを差押のため占有したところ原告から要望されたので公売処分のため引揚げをする迄そのまま使用できるように原告に保管させその差押を公示するための封印紙を原告に交付し、その封印紙は原告が使用することができるように本人の貼付したいと考える個所に直ちに貼付するよう申し聞かせたところ、原告はその措置に感謝し、自動三輪車には直ちに交付をうけた封印紙を貼付し封印表示のまま保管し、通知のあり次第いつでも差出すことを確約したので収税官吏はその場で差押調書を作成しその謄本を原告に交付したものである。かようなわけで本件差押手続は適法であつて被告の好意ある措置に対しその貼付を委せられた原告が自らなすべきことをなさないで違法だと主張するのは理由のないことである。
本件物件の公売は昭和二十六年五月三十日(同月二十日公売期日指定し、同日公告)第一回実施されたが買受人なく不成立となり同年十一月二十日(同年十一月十日指定同日公告)第二回実施されたが見積価格に達しないので不成立となり公売期日は翌二十七年三月十五日に同月二十七日と指定し同日渡島税務署前の掲示板に公告したが、同月二十日に至り同期日を同月二十八日に変更し、その旨公告し、結局第三回目の公売により落札したのであつて、かかる再公売には公告の初日より十日の期間を置くことは法律上必要ではない。又公売の通知というものは被告においてこれをなすべき法律上の義務があるわけでないが、円満に徴税の目的を達成するため好意的になしたものにすぎないし、又江良漁業協同組合前に公告したのも便宜上の措置にすぎないのである。かように本件公売手続についても違法な廉はない。なお収税官吏は公売処分を行うにあたつてその公売に付すべき差押物件の価格を見積り、この見積価格に応じて公売を実施すべきである。その見積りについてはその物件の構造、性状機能、損耗度など諸方面から検討しこれを評価しなければならないのであつて、その評価については本件自動三輪車のようにその効率が取得の初年度に最も高く、漸次年月の経過に従つて効率が減少ししたがつて、償却費と姉妹関係にある修繕費が多くなるようなものには定率法という方法による資産償却の方法によつてなすのが適当である。そこで本件についてこれを見るに、本件物件は一九四九年九月日新株式会社製サンカオート三輪車半噸積エンジン七馬力半のもので原告は昭和二十四年十月金二十万円で購入し取得から公売迄二年五日を経過し、その耐用年数は五年であり定率法による償却率は三割六分九厘であるから定率法により公売価格を算出すると金六万七千三百八十八円七十五銭であつて、公売当時の一般市価と比較しても決して廉価ではなく、寧ろ高価に処分されたともいいうる。したがつて、本件物件を金八万円で売却した被告の公売処分はその価格の点においても適正であるから何ら違法なことはない。」と述べ、
証拠として、乙第一乃至十六号証を提出し証人永塚重蔵、同秋元一彦、同工藤康洋、同工藤市蔵及び同入間川省二の各証言を援用し、甲号証全部の成立を認めた。
理由
訴外渡島税務署長が昭和二十五年八月二十一日原告に対する昭和二十四年度分所得税および督促手数料合計金三十六万五千百七十八円の滞納処分として原告所有のサンカ製自動三輪車一台外数点を差押えたこと、同二十七年三月二十八日右自動三輪車を金八万円で売却処分をし、訴外工藤康洋がこれを落札したことは当事者間に争いがない。
そこでまづ本件差押手続について原告主張のようなかしがあるかどうかについて考えるに、成立に争のない乙第一号証の記載及び証人永塚重蔵の証言を綜合すると、昭和二十五年八月二十一日本件物件を差押えるに当つて渡島税務署収税官吏はその所在に臨み差押調書を作成し、その謄本を原告に交付し原告から保管証を徴取して右物件を同人に保管させ引続き使用させることとし、その差押を公示するための封印紙は使用に支障のない個所に他日原告自ら貼付する旨申出でたので、これを了承して右用紙を同人に交付したところ、原告も右措置につき非常に感謝していた事実を認めることができる。右認定に反する原告本人尋問の結果は右証拠に照し措信しがたいし、他にこの認定をくつがえすような証拠はない。右の事実からみると、差押公示につき右収税官吏のとつた措置はその好意に出でたものではあろうが十全を期したものといいがたい。しかしそれは、滞納者の便宜を考えその実状に即してなしたものということができよう。してみれば本件に於ける右の如き措置は差押公示の精神に照らし必ずしも違法なものということはできないからこの点に関する原告の主張は採用できない。
次いで本件公売手続につき原告主張のようなかしがあるかどうかについて考えよう。成立に争いのない乙第二乃至七号証、乙第九乃至十二号証の各記載及び証人永塚重蔵の証言により真正に成立したものと認める乙第八号証の記載並びに右証人の証言を綜合すると、本件滞納処分に於ける公売手続は被告主張のように第一回公売期日が昭和二十六年五月三十日、第二回期日が同年十一月二十日とそれぞれ指定公告し実施されたが、被告主張のような理由で成立しなかつたので昭和二十七年三月十五日に第三回期日を同月二十七日と指定公告したが、同月二十日に至り右期日を同月二十八日に変更し同日その旨の公告をしたこと、したがつて昭和二十七年三月二十八日の公売期日は被告主張のように再公売であること、しかも右公告はいずれも渡島税務署の掲示板になされたことを認定することができるし、右三月二十七日の公売公告が昭和二十七年三月二十五日江良漁業協同組合前に貼付されたこと、同日原告に対し右の公売通知がなされたことは当事者間に争いのないところである。しかし滞納処分に関する公告は当該滞納処分をなすべき収税官吏の所属する官署においてこれをなせばよいのであつてこのことは国税徴収法施行規則第三十一条の明定するところである。したがつて前記協同組合の前に貼付してなされた公告は必ずしも法律の要求する手続ではないし、滞納者に対する通知も公売の要件ではなく滞納者に任意納付の機会を与えるため収税官吏が好意的になす措置にすぎないから右三月二十八日の公売を通知しなかつたからといつて違法ではない。なお公売公告の日から公売期日までに十日の期間を置くことは最初の公売期日の場合だけで、再公売の場合は右の期間は任意短縮することができることは国税徴収法施行規則第二十八条、第二十二条、第二十六条の規定をみればたやすく理解できることである。かようなわけで本件公売手続には何ら違法の廉がないから、この点に関する原告の主張も亦理由がない。
さらに公売価格の適否について審按するに、本件自動三輪車が一九四九年九月東京都川崎区の日新工業株式会社製サンカーオート三輪車で、半噸積七馬力半の性能を有するものであることは成立に争いのない甲第四号証、乙第十六号証の各記載及び証人西野為蔵、同入間川省二の各証言により明らかで、原告は昭和二十四年十月訴外西野為蔵からこれを代金二十万円で取得したことが認められる。そうして右取得価格を基礎にして定率法によつて前記公売当時の価格を計算すると金六万七千三百八十八円七十五銭になることは計数上明白であつて、成立に争いのない乙第十六号証の記載に証人入間川省二の証言を考え合せると同物件の公売当時の価格は金六万円が相当であることが認められる。この認定に反する証人西野為蔵の証言並びに成立に争いのない甲第四号証の記載内容は信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみれば右収税官吏が本件自動三輪車を金七万円と見積つた(成立に争いない乙第十号証により認める)のは妥当であり、この見積価格を超え、金八万円に公売したのは極めて適正な価額による措置というべきで、これと異なる原告の主張は採るに足らない。
以上に認定したように本件滞納処分には原告が主張するような違法の廉がなく、したがつて違法な処分を前提として被告に対しその損害賠償を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 飯島幾太郎 裁判官 水野正男 裁判官 正井利明)